大阪地方裁判所 平成7年(ワ)5476号 判決 1997年10月23日
原告
小林製薬株式会社
右代表者代表取締役
小林一雅
右訴訟代理人弁護士
小原望
同
東谷宏幸
右訴訟復代理人弁護士
豊島茂長
被告
スターリング・ウィンスロップ・インコーポレイテッド
右代表者プレジデント
ガード・ディ・ミュラー
被告
レキット・アンド・コールマン・インコーポレイテッド
右代表者グループ・ディレクターーグローバル・オペレーションズ
マイケル・フレデリック・タレル
被告
レキット・アンド・コールマン・パブリック・リミテッド・カンパニー
右代表者グループ・ディレクターーグローバル・オペレーションズ
マイケル・フレデリック・タレル
右三名訴訟代理人弁護士
石田英遠
同
永井和明
同
日下部真治
右三名訴訟復代理人弁護士
藤田耕司
被告
343ホールディング・コーポレイション
(旧商号 エル・アンド・エフ・プロダクツ・インコーポレイテッド)
右代表者バイス・プレジデント
マイケル・エイ・パールマン
被告
イーストマン・コダック・カンパニー
右代表者シニア・ヴァイス・プレジデント兼ジェネラル・カウンセル
ゲーリー・ピー・ヴァングラフェイランド
右両名訴訟代理人弁護士
宮崎裕子
同
内藤潤
同
木ノ内さつき
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判<省略>
第二 当事者の主張
一 請求原因<省略>
二 被告らの本案前の主張
国際裁判管轄権に関する最高裁昭和五六年一〇月一六日判決(最高裁判所判例集第三五巻第七号一二二四頁)及びその後の下級審判例の多くの考え方に従うと、日本の裁判所は、いずれも外国法人である被告らに対する本件訴えにつき裁判権を有しないから、本件訴えは不適法である。その理由は次のとおりである(特に断らない限り被告らに共通の主張である。)。
1 わが国の民訴法上の土地管轄に関する規定のいずれによっても、被告らには、日本国内に裁判籍があるとはいえない。
2 民訴法八条にいう「請求の目的」たる財産とは、差押を可能ならしめるだけの特定性を有する財産権であることが要求されるところ、原告が、本件訴えにおいて確認の対象としている本件契約に基づく契約関係も、本件契約に基づく本件製品の製造販売権も右の意味における財産権であるとはいえない。
したがって、被告らにつき同条による裁判籍を認めることはできない。
3 本件訴えにおける「請求の目的」たる財産の所在地は、被告スターリングの本店所在地にあり、日本国内にはない(被告コダック及び同ホールディング)。
4 金銭債務は通常送金等の方法により履行されるものであって、その履行地は観念的なものにすぎず、特に国際取引の場合には金銭債務であるとの理由のみで、その履行地に国際裁判管轄が認められるとすると、それ以外に何ら関係のない国における応訴を被告に強いることになり、被告を不当に害することになるので、金銭債務については義務履行地に国際裁判管轄を認めるべきではない。
したがって、原告が、仮に、本件契約に基づき、原告主張の後記の権利義務を有するとしても、被告らにつき民訴法五条による裁判籍を認めることはできない。
5 国際裁判管轄に関して民訴法二一条の裁判籍を認めると、本来、裁判管轄のない国での応訴を余儀なくされる当事者にとって極めて不公平な結果となるから、これを認めることはできないというべきである。
そうすると、被告スターリング以外の被告は、原告と何らの契約関係もないものであるから、仮に、被告スターリングにつきわが国に裁判権が認められるとしても、それ以外の被告らにはこれを認めることはできない。
6 被告らにつき、仮に民訴法上の土地管轄に関するいずれかの規定に基づき、日本国内に裁判籍があるといえるとしても、本件においては、日本に国際裁判管轄を認めるべきでない特段の事情があるというべきである。
すなわち、被告らは、いずれも日本に営業所や事業所を有しないし、また、本件の主たる争点は、本件契約が契約期間の満了により終了したといえるか否かであるところ、この点を明らかにするためには、本件契約締結当時の関係者の証人尋問が不可欠である。そうすると、被告らの本店所在地であり、かつ、本件契約の締結に関与した人物が多く居住する米国ないし英国の裁判所で審理する方が、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念に照らして相当であるといえる。
三 被告らの本案前の主張に対する原告の主張
被告らが依拠する最高裁判決等に従っても、日本の裁判所は、本件訴えにつき裁判権を有する。その理由は次のとおりである。
1 被告らには、大阪市に民訴法八条による裁判籍がある。
すなわち、本件は契約上の地位の確認を求める訴えであるところ、確認の対象となっている本件契約は日本国内のみにおける共同事業の遂行を目的とするものである。また、契約上の地位とは、本件契約に基づく契約当事者間の権利義務の総体をいうところ、本件契約により発生する権利の中心となるのは、本件製品を日本において製造販売する権利並びにこれに密接に関連する日本における市場そのものや製品に使用される商標である。そうであるとすれば、本件契約から発生する又はそれに関連する財産上の権利の所在地はまさに日本国内にあるのであり、かつ、本件契約に基づく共同事業の遂行は原告の本店所在地である大阪市を中心としてなされていることからすると、「請求の目的」たる財産の所在地の中心は大阪市にあるというべきである。
2 また、被告らには、大阪市に民訴法五条による裁判籍もある。
すなわち、本件契約に基づき、原告は、被告スターリングに対し、ロイヤルティーの支払義務を負う反面、開発ロイヤリティーを請求する権利を有しているほか、本件共同事業の遂行により得られた利益を日本スターリングと日本国内で分配していた。被告スターリングの右義務及び右利益分配に関する義務の履行地は原告の本店所在地である大阪市であるところ、本件訴えで確認の対象となっている原告の契約上の地位の中に当然、右各義務も含まれる。
3 なお、被告スターリング以外の被告らは、本件契約の当事者ではないが、いずれも本件紛争の発生に関与したものであるから、右被告らには、民訴法二一条の裁判籍も認められるべきである。
4 本件においては、わが国に裁判管轄権を認めても条理に反するという特段の事情はない。
すなわち、本件契約は、本件製品を日本において製造販売するという共同事業の遂行を目的として締結されたものであり、現実に本件製品は日本において製造されてきたものであるから、最も関係のあるのは米国や英国ではなく、日本であり、日本の裁判所が最も審理に適しているといえる。
また、本件契約において、直接裁判管轄に関する取決めはされていないが、契約の解釈について、日本法を準拠法とする旨定められているところ、その解釈適用をするには日本の裁判所が最もふさわしいといえる。
理由
一 本件訴えは、日本国法人である原告が、いずれもアメリカ合衆国法人である被告スターリング、同米国レキット・アンド・コールマン、同ホールディング及び同コダック並びに英国法人である被告英国レキット・アンド・コールマンに対し、本件契約に基づく契約関係が原告と被告スターリングとの間で存在することの確認を請求し(この確認請求を以下「本件一請求」という。)、かつ、原告が、本件契約に基づき、被告スターリングに対して本件製品の日本における製造販売権を有することの確認を請求する(この確認請求を以下「本件二請求」という。)ものであることは、弁論の全趣旨及び本件訴え自体から明らかである。
二 そこで、本件訴えにつき、わが国の裁判所が裁判権を有するといえるか否かにつき判断する。
1 外国法人を被告とする民事事件につき、いずれの国が裁判管轄権を有するかについて、わが国には直接これを規定する成文法規は存在せず、また、これを規律する条約も一般に承認された明確な国際法上の原則も確立していない。そこで、この場合の国際裁判管轄に関しては、当事者の公平、裁判の適正・迅速の理念に基づいて、条理に従って決定するのが相当であるところ、わが国の民訴法における土地管轄に関する規定は、国際裁判管轄を定めたものではないものの、当事者の公平、裁判の適正・迅速を図るとの理念に従って定められたものであるから、右規定によって被告につき日本国内に裁判籍が認められる場合には、その結果、却って条理に反することが明らかと認められる特段の事情がない限り、被告をわが国の裁判権に服させるのが右条理に適うものというべきである。
2 右観点から、まず、被告らにつき、わが国の民訴法上の土地管轄に関する規定によって日本国内に裁判籍があるといえるか否かにつき検討する。
(一) 本件一請求に係る本件訴えにつき判決がなされ、これが確定したとしても、原告と被告ら間において、単に本件契約に基づく契約関係が原告と被告スターリングとの間で存在するか否かが確定されるにすぎず、本件契約に基づき発生する原告と被告スターリングとの間の具体的な権利義務の存否については何ら確定されることにならないから、右判決は、原告と被告ら問の紛争を抜本的に解決することに何ら役立つとはいえない。この点に鑑みると、本件一請求に係る本件訴えは、確認の利益を欠く不適法な訴えであるというべきであるところ、このような不適法な訴えにおける法律関係を前提として、被告らにつき民訴法五条(義務履行地)の裁判籍や同法八条(財産権所在地)の裁判籍を認めることは、余りにも当事者間の公平を損なうものであって、条理に反するというべきである。
(二) そこで、本件二請求に係る本件訴えにおける訴訟物たる権利(原告が、本件契約に基づき、被告スターリングに対して有する本件製品の日本における製造販売権)に関し、被告らにつき民訴法五条(義務履行地)の裁判籍や同法八条(財産権所在地)の裁判 籍を認めることができるか否かにつき検討を進める。
右権利に対応する被告スターリングの義務として考えられるのは、原告がその有する製造販売権を行使するのを受忍する義務だけであり、それについては義務履行地を観念することはできないから、被告らにつき民訴法五条(義務履行地)の裁判籍が日本国内にあると認めることはできない。
また、右権利は、本件契約により発生した債権であるところ、債権の所在地は、債務者の普通裁判籍の所在地である(民事執行法一四四条参照)と解すべきであるから、右権利の所在地は債務者である被告スターリングの本店所在地であるアメリカ合衆国にあって、日本国内にないことは明らかである。したがって、被告らにつき民訴法八条(財産権所在地)の裁判籍が日本国内にあると認めることもできない。
(三) 他に、被告らにつき日本国内に裁判籍があることを窺わせる事由を見出すことはできない。
三 以上によると、その余の点につき検討するまでもなく、わが国の裁判所は、本件訴えにつき裁判権を有しないといえるから、本件訴えを不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官谷口幸博 裁判官大野正男 裁判官武田瑞佳)
別紙<省略>